「南方の故郷:花蓮湾生物語1910-1946」展示内容の紹介

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この特別企画展は、時間を逆に遡り辿っていける仕組みとなっている。

第一部は、「最後の別れ」。1945年の天皇玉音放送に始まり、各地から日本人が引き上げ帰郷してゆく場面。一生を捧げ努力して作り上げてきたもの全てを手放し、その後、なお、戦後の焼け野原から再度立ち上がることを余儀なくされた時代。

第二部は「南方の故郷」。日本の官主導の移民政策において、なぜ東台湾が選ばれたのか。そして、移民たちの反応はどうだったのか。またどのように天災や伝染病などの問題を克服し、最終的に安心して住める町を建設していったのか。今回、花蓮文化局、吉安小学校、花蓮農業改良場、恵比寿餅店などから、個人所蔵品を含む非常に貴重な文物をお借りして、湾生たちの花蓮港での生活が当時どのようなものであったか、モノを通して窺い知れる仕組みとなっている。

第三部は「両地の想い」。回顧録、書簡の展示、また、湾生が次々とこの地に繰り返し戻ってきては交流をつなげていった、台湾と日本の両国の友好関係が続いてきたことを示す内容である。

最後は、「後につなげる行動」。湾生の観点から覗いた、台湾の地における歴史的過去だけではなく、観覧者自身が、もし過去の歴史に興味があれば、その歴史的地点から、さらに過去の歴史をどのように紐解いてゆけばよいか、歴史的手がかりをどのように辿ってゆくか、といったヒントを、今回特別に、花蓮戸籍管理事務所と共同で提供する企画である。

最後に、「二度と戦争はしない」という想いが、この展示をご覧になっていただいた人全ての心の中に響き、変わらぬ願いになると信じている。

洄瀾人文館:花蓮の色鮮やかな人と文化が織りなす物語の発信基地

旧花蓮憲兵館舎を補修、建て替えて作った洄瀾人文館は、2014年に開館し今に至る。

現在、一階の廊下には昔の古い写真の数々が展示されており、山風海雨常設展ホールおよび憲兵体験館等がある。二階は特別企画展示室となっており、花蓮に関係のあるテーマが不定期で入れ替わり展示される。

三階は繁花空間で、ここでは洄瀾接客ロビーと、各都市とのスペシャリストとの交流のための宿舎が設けられている。

人文、歴史、社会的参与、これらすべてを結んでゆく、総合展示館である。

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◤洄瀾人文館企画展◥
「南方の故郷:花蓮湾生物語1910-1946」

場所は洄瀾人文館2F特展室
入館無料

@展示期間:
2016.06.21(二) ~ 11.20(日)

@開館時間:
火曜~金曜 午後13:30-17:00
土日 午前9:00-12:00;午後13:30-17:00
休館日:月曜日、および国定休日。
観光旅行部門、団体ツアー様の観覧で案内が必要な場合は、事前にご連絡下さい。開館時間外も受付可能です。

主催部門:花蓮市公所│花蓮市民代表会
展覧企画:o’rip生活旅人
関連情報については、 花蓮市公所公式サイトwww.hualien.gov.twまたはFacebookをご覧下さい。

@交通情報:
洄瀾人文館
970 花蓮市公正街14號
TEL:03-8310153 # 16

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 「南方の故郷:花蓮湾生物語1910-1946」(6/21~11/20) @洄瀾人文館

總算和夥伴們完成了這檔展,歡迎大家有空到花蓮來看看!


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響應國家移民政策,有一群人作下永久在住決定,前來這座南方島嶼。

花蓮南濱接駁上岸後,迎面而來的是未知的生存環境及嚴峻考驗,前不久才發生的族群衝突剛歇,再優渥的官方條件誘引,也抵不過時不時風災、地震、野獸威脅,加上輕易奪去親人生命的瘧疾、恙蟲、赤蟲等熱帶傳染疾病,受不了的人放棄回去了,留下來的,灌溉缺水就測地形開圳引水,洪患來得兇就加厚加高沙包,好不容易找到合適作物種下,才開始有一點溫飽,是這樣的村莊,總算揚起了樂舞,有騎馬遠乘會、供應皇室的貢米、甚至研發起花蓮薯芋等菓子名物。

雙手磨砥、血汗滴下,甚至一坏土埋葬親人,換得文明的一小口果實,肯付出就有回報。1910到1945年間,與自然爭地、與異族友好、請老天爺賞口飯吃,乃至建立起村落文明,蠻荒→家園→村落→國家,千年進程彷如映畫快轉卅年完成,放眼全人類,這樣的個人經歷算是難能稀有的。

或許這也是灣生更難忘懷台灣的緣由之一,曾經觸摸、感受到從無到有的幸福,毋寧是加倍的,卻萬萬沒想到一切瞬間又復歸於無,也是如此,半世紀過了、七十年過了,他們還一直想回來,身體老邁了,還想再踏上台灣花蓮,明白早已是異邦,再呼吸一口這兒的潮褥暑悶都好,最好還能尋到兒時玩伴…

如何にいます父母,恙なしや友がき,雨に風につけても,思いいずる故郷。
父母親現在生活過得怎樣呢,朋友們都平安無恙吧,即使被雨淋被風吹,也會懷念起我那故鄉。

─《故郷, ふるさと》,高野辰之詞、岡野貞一曲,1914尋常小学唱歌

灣生心裡的夢土,深難忘懷的花蓮,不懈的信念鋤鬆泥土,天地自然回報你溫飽,帶來的柑橘、種下的樹,一天一天慢慢長大了,騎馬馳騁木瓜溪北側馬場,是這樣的家園,令人永難忘懷的家園。

こころざしをはたして いつの日にか帰らん,山はあおき故郷 水は清き故郷。
我在心中發誓,哪天一定要回故鄉去,那個群山蒼翠的故鄉,那個河水清泠的故鄉。

─《故郷, ふるさと》,高野辰之詞、岡野貞一曲,1914尋常小学唱歌

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《南方的家園~花蓮灣生故事特展》
地點:洄瀾人文館(花蓮市公正街14號)
展期:2016.06.21(二)~11.20(日)
主辦:花蓮市公所、花蓮市民代表會
展覽策劃:o’rip生活旅人

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「南方の故郷:花蓮湾生物語1910-1946」展覽介紹

有一群人,他們在台灣這塊土地出生,胼手刻苦參與了父母輩建造家園的過程,卻因戰火無情延燒及政權轉移,最後被迫離開這片充滿回憶的地方。

從此,台灣成了他們夢中記掛的故鄉。

█ 這群人叫「灣生」

「灣生」指的是1895年日本人領有台灣土地,到1945年戰敗歸國這段期間,在台灣出生的日本人後代。

█ 花蓮港灣生故事

屈指一算,終戰迄今超過七十年,離台當年時屆壯年的灣生早已凋零,年幼者今也已白髮蒼蒼,歲月如浪無情沖刷,或可回答何以是這時,牽動許多人的心。

報章媒體陸續披載著灣生重返花蓮,憑著有限的記憶線索或殘紙信箋,尋覓查訪或已搬遷的故舊友人與景物。戰爭巨輪隔閡兩地思念、乖離人倫,國家機器擺弄下人民卑微求存,其實我們更想探問,戰後日本經濟復甦迅速,何以灣生去台數十載,仍然念茲在茲這處南方的家園、故鄉?

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歴史の中の、とある人々。彼らは台湾のこの土地で生まれ、両親たちの世代と苦労を共にし、この町の建設過程に懸命に携わってきた。しかし、やがて戦火は中央政権をも焼き尽くし、新しく取って変わった政権が、彼らの思い出がたくさん詰まったこの土地から彼らを追放し、最終的に彼らは、この土地から離れることを余儀なくされた。

そして、この地花蓮は、彼らの美しい夢のなかに残る故郷として、記憶の中にいつまでも留められていったのであった。

湾生と花蓮港

日本人により東台湾で行われた特殊運営は、個人会社の設立投資、移民開拓の奨励、その後明治43年(1910)より始まった政府の直接介入事業「官営移民事業」から、第一次移民の徳島住民が花蓮の土地の最初の一歩を踏みしめるまでを最初の始まりとして、開拓民は政府の優遇措置に応じて、各種の建設工事に参入参与してきた。天災、疫病、獣害など、幾多の困難を克服し、やっとのことで安心して暮らせる町の建設を完了させた。当時の吉野、豊田、林田、の三つの移民村に花蓮港庁を加えたものが、当時日本の拠点として名を馳せた。ただ、当時誰にも予測できなかったことは、昭和20年(1945)天皇による降伏宣言に引き続いて、移民たちとその二世(湾生)(注1)は、それまで苦労して開墾してきた全てを、その後、すべて手放さなければならなくなったことである。敗戦、そして、引き上げ、という運命を受け入れざるを得なかった。

日本人が残した花蓮建設
花蓮における日本の移民建設は、短時間で効果が上がるよう、土地の改良、堤防、排水灌漑施設、公共衛生など各方面の問題改善に向けた、大量の資金投下が行われ、これを激しく消耗した。このことは、遠まきながらも、その後の挫折に繋がる隠れた要因となった。だが、日本人は半永久的にこの地に住むという算段で建設、運営を行っていったため、このような大々的な工事建設が行われ、その際に用いられた生産技術、医療、教育、文化など各方面で、花蓮のその後の発展の礎を築いた。移民指導所、町村の神社、布教所、組織機構などは、今日の花蓮の貴重な歴史的文化遺産である。

日本と台湾が互いに育み維持してきた友情と交流

日本に引き揚げてからの湾生は、経済的困窮が解消された後、湾生同士互いに連絡を取り合い、当時移民村にいた人々の輪がだんだんと繋がり始めた。その後、通信誌を発行し、毎年定例会を開くようになった。かなりの数の人が、台湾の旧友と熱心に連絡を取り合い、毎年年賀状を送り合い、プレゼントを贈り合い、また、ある人は晩年になって自身の想い出を綴り、昔住んでいた花蓮の家の場所を探し歩いては、その物語をメディアに投稿したりした。こうして、花蓮から、日本の関東、四国、九州、関西、各地を結ぶ交流が次々と起こり、終戦から今までの年数を指折り数えると、悠に70年以上もの時間が経過していた。当時台湾を離れた青年は、いまはすでに亡き人となり、年端も行かなかった子供は、いまはもう白髪の老人となっていた。時間の推移のなかで、当時の記憶はだんだんと埋もれていったが、日本と台湾両国の友情と交流は、これからもますます篤く活発になってゆく。

(注1)「湾生」とは1895年日本人が台湾の土地を占領し、1945年の敗戦引き上げまでの間の、台湾で生まれた日系二世を指す。

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◤洄瀾人文館企画展◥
「南方の故郷:花蓮湾生物語1910-1946」

場所は洄瀾人文館2F特展室
入館無料

@展示期間:
2016.06.21(二) ~ 11.20(日)

@開館時間:
火曜~金曜 午後13:30-17:00
土日 午前9:00-12:00;午後13:30-17:00
休館日:月曜日、および国定休日。
観光旅行部門、団体ツアー様の観覧で案内が必要な場合は、事前にご連絡下さい。開館時間外も受付可能です。

主催部門:花蓮市公所│花蓮市民代表会
展覧企画:o’rip生活旅人
関連情報については、 花蓮市公所公式サイトwww.hualien.gov.twまたはFacebookをご覧下さい。

@交通情報:
洄瀾人文館
970 花蓮市公正街14號
TEL:03-8310153 # 16

【瓦的考工記】歡迎走春!

█ 瓦的考工記

o’rip 團隊共同完成的展,
新年期間開放,歡迎走春。

*洄瀾人文館
花蓮市公正街14號
上午9:00-12:00;下午2:00-5:00

洄瀾人文館 特展4【遮蔽你的ㄧ片天─洄瀾人文館,展出花蓮瓦風景】

洄瀾人文館 特展4
【遮蔽你的ㄧ片天─洄瀾人文館,展出花蓮瓦風景】

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三隻小豬的故事,大野狼吹跑了茅草屋、拆了木造房,卻卡在勤勞豬弟弟的磚砌煙囪裡。事實上這也是花蓮常民屋舍的演變史,過去用芒草、竹子、白茅及木頭葺屋,漸漸才有磚泥瓦房,日本人來之後,建設起花蓮港(廳)及若干移民村,初時還從外地運來石(板)瓦、黑(陶)瓦,需求日增後,直接設起瓦工場及煉瓦廠。

花蓮港時期地圖,查得到的角谷組、山田組、吉村組,都是赫赫有名的建築建材株式會社,甚至製糖起家的賀田組,也兼營建築物料的進口與買賣,港廳、官舍⋯一批批櫛比鄰次的街營住宅、店屋、民居,形式包括和式、和洋折衷、日台改良等風格,構築起花蓮最早的建築基底。

而這批建築建物,經歷頻仍的颱風地震考驗、幾次重大的街區火災,再有幸躲過經濟開發的拆除命運,如今還倖存者,幾乎已是花蓮珍貴的文化資產。

這些珍貴的建築建物,保存實殊不易,除了仰賴全民對歷史文化的重視,還繫於後續的保養與維護工作,有感於此,洄瀾人文館這次特別推出《瓦的考工記》特展,由o’rip生活旅人黃啟瑞策劃,花蓮文化局、林務局花蓮林區管理處、松園別館、將軍府民生社區發展協會、慶豐西村的家支援瓦件文物;華信昌實業支援竹編夾泥牆作;徐錦清、官園妹、呂律均、呂理智、李宗慶等人提供口述訪談;葉柏強、楊燁支援花蓮港廳當年老照片等,造就了這展的內容含括花蓮的瓦建築風情、瓦知識、瓦工匠訪談、花蓮港街營住宅瓦修復紀實,乃至瓦修復的未來探討等。
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【洄瀾人文館。瓦的考工記】

開館時間:週二至週五 14:00-17:00;週六、日上午9:00-12:00、下午14:00-17:00。週一及國定假日休館

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